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水は、地球環境や生命にとって必須である。分子科学においても、水の役割は重要であり興味深い。

 我々人間を含め、生体の構成成分の大部分は水です。そして生体内では、生体を維持するために絶えず化学反応が起こっています。この反応場は水中、もしくは水中に構築された疎水場であり、そこでは酵素が触媒として機能し、精密に反応が制御されています。すなわち、生体内において、水は精密な化学反応の反応場として機能していると考えることができます。

 医薬品や化成品などの有機化合物を合成する際、一般に溶媒としては有機溶媒が用いられる。一方、有機溶媒は、多くの場合において人体や環境にとって有害であり、有機溶媒に替わる「環境に優しい溶媒」が探索されている。その中で最も魅力的なのが水である。水は無害かつ低コストであり、さらに水中では従来の有機溶媒中の反応とは異なるユニークな反応性や反応選択性を実現できる可能性がある。当研究室ではこれまでに、水溶液中で有効に機能する種々の触媒系の開発を行っており、中でもルイス酸と界面活性剤の機能を組み合わせたルイス酸—界面活性剤一体型触媒(Lewis Acid–Surfactant-Combined Catalyst, LASC)が、水中で疎水性反応場を構築し同時にルイス酸として機能する優れた触媒であることを明らかにしている。実際、LASCを用いることで有機溶媒を一切含まない水中において、アルドール反応をはじめとする種々のルイス酸触媒反応が円滑に進行する。また、光学活性化合物の効率的な合成を水中で実現するため、水中における触媒的不斉合成の開発も主要テーマの一つとして研究しており、これまでにキラル亜鉛触媒を用いる触媒的不斉Mannich型反応や、キラルスカンジウム触媒を用いる触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応、チオールのMichael型付加反応や不斉プロトン化反応等を開発している。さらに、有機溶媒中では触媒としてほとんど利用されていなかった、ゼロ価金属・金属酸化物・金属水酸化物が水中で優れた触媒作用を示すことを見いだし、アルデヒドやケトンに対する選択的なアリル化反応、α,β-不飽和カルボニル化合物に対する不斉炭素―ホウ素結合構築反応等高選択的結合生成反応を開発した。これらの反応はいずれも水が存在しないと進行せず、また選択性も発現しないことから、水は単なる代替溶媒ではなく、溶媒として有効な反応場構築などの役割を担っていると考えられる。

 1828年のFriedrich Wöhlerの尿素発見以来体系化されてきた有機化学は、基本的に有機物(油)を溶かす有機溶媒を用いることを前提としている。これに対して、当研究室が取り組んできた水を溶媒とする有機反応の研究によって、水中では、有機溶媒中とは全く異なる反応性や選択性が発現する多くの例が明らかにされてきている。今後、「有機溶媒中での有機化学」に換わる「水中での有機化学」の体系化が必要となると考えられる。ここでは、究極の触媒である酵素が主役の一つとなるが、有機合成化学は酵素機能を凌駕する触媒の開発を目指すことになろう。


Topics

  1. α−選択的アリル化・アレニル/プロパルギル化反応
  2. 水溶媒中で展開される高選択的向山アルドール反応
  3. 水中直接型不斉アルドール反応への挑戦
  4. 不斉共役付加反応
  5. 水中でのプロトン移動の高度制御
  6. Brønsted酸触媒による触媒的脱水反応