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布施 新一郎

名古屋大学大学院創薬科学研究科基盤創薬学専攻 教授

 1977年群馬県生まれ。2005年、東京工業大学大学院理工学研究科博士課程終了。博士(工学)株式会社ケムジェネシス開発本部 主任研究員、Harvard大学化学・化学生物学科 博士研究員、東京工業大学大学院理工学研究科 助教、同大学資源化学研究所 准教授、同大学科学技術創成研究院 准教授を経て、2019年より現職。2005年、天然物化学談話会 奨励賞。2016年、有機合成化学協会 奨励賞。2017年東工大挑戦的研究賞 学長特別賞。2017年Asian Core Program Lectureship Award。2021年大隅ライフサイエンス研究会 奨励賞 受賞。

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A02 低エントロピー反応空間での短寿命複合体制御を起点とする有機分子触媒化学の変革

 触媒反応開発において利用が忌避されてきた、短寿命の不安定複合体に関する化学的知見蓄積を基盤として、従来の合成手法では実現困難な反応プロセスの開発を目指します。すなわち、バッチ法を主とする従来の有機合成化学では容易ではなかった、不安定活性種を用いる触媒反応について知見を蓄積し、反応設計原理の確立を目指します。特に本領域研究では有機分子触媒反応、特に求核性アミン触媒と求電子剤から生成する、律速段階直前の不安定複合体に焦点を当て、領域メンバーと共同で複合体を高秩序かつ均一に生成させて反応を詳細に解析し、学術的な知見蓄積と反応設計原理の探求を進めます。


研究分野

マイクロフロー合成、有機合成、自動合成


代表的な研究紹介

    近年、科学のあらゆる分野において最適解を最速で求めるために機械学習を駆使する試みが進んでいます。特にベイズ最適化(機械学習)は取得データ数を抑えつつ、最適解を見逃すことなく同定しうる手法として注目されており、多くの分野において利用が進んでいます。有機合成化学分野はデータ取得のコストが高いため、ベイズ最適化の活用が期待されていますが、世界的にも未だその利用例はわずかです。また、マイクロフロー合成法は通常の合成法と比較して検討パラメーター数が増え、条件最適化に要する検討数も多くなるため、上述のベイズ最適化はフロー合成法の条件探索においてとりわけ有効と考えられます。われわれは、マイクロフロー合成法を駆使することにより、これまで抑制が困難とされていた副反応を回避しつつ、安価で入手容易、なおかつ廃棄物量の少ない原料から一気に、医薬品候補化合物として重要なスルファミドを合成することに成功しました。また、反応条件検討の過程でベイズ最適化を駆使することにより、検討数を抑えつつ、目的条件を同定することに成功しました。今回条件検討の対象としたパラメーターは全て組み合わせると10,500通りにもなりますが、ベイズ最適化の利用により、20実験以内で目的条件を見つけ出しました。さらに、各パラメーター同士の相関情報を、ガウス過程回帰を駆使して、上述のわずか20以内の実験データから予測することに成功しました。さらには開発した手法を用いて新規スルファミド類の高効率合成を実現しました。本成果は金沢大学、カナダ ブリティッシュコロンビア大学、東京工業大学のグループとの共同研究で得られたものです。

  1. Rapid and Mild One-Flow Synthetic Approach to Unsymmetrical Sulfamides Guided by Bayesian Optimization
  2. Sugisawa, N. Sugisawa, H. Otake, Y. Krems, R. V. Nakamura, H. Fuse, S.
  3. Chem. Methods, 1, 484-490 (2021). DOI: 10.1002/cmtd.202100053

    ペプチド結合を構成する窒素原子上にメチル基をもつペプチドはN-メチル化ペプチドと呼ばれ、近年、特殊ペプチド医薬品として注目を集めています。しかしながら、N-メチルアミノ酸の反応性が低いため、その連結は容易ではありません。私達は、アシルN-メチルイミダゾリウムカチオンという、とても反応性の高い活性種を用いることでこの問題を解決することに成功しました。また、本反応において酸の添加が劇的に反応を加速するという未知の効果を発見しました。開発した手法は、これまでに報告された、N-メチル化ペプチドの合成に有効とされている様々な手法と比較しても短時間かつ高収率で目的物を与えます。

  1. N-Methylated Peptide Synthesis via Generation of an Acyl N-Methylimidazolium Cation Accelerated by a Brønsted Acid
  2. Otake, Y. Shibata, Y. Hayashi, Y. Kawauchi, S. Nakamura, H. Fuse, S.
  3. Angew. Chem. Int. Ed., 59, 12925-12930 (2020). DOI: 10.1002/anie.202002106

    マイクロフロー合成法によりNCAと呼ばれる重要なアミノ酸誘導体の効率合成にも成功しています。下図に示す通り、NCAの合成では酸性条件下で不安定なNCAを合成できない点が100年近くもの間、問題となってきました。塩基性条件下でNCAを調製すれば速やかに目的物は生じるのですが、副反応が引き起こされてしまうことから従来法では強酸性条件下で反応せざるをえませんでした。私達は塩基性でNCAを合成し、僅か0.1秒以内で酸性にスイッチし、さらに瞬間希釈により温和な酸性条件に調整してNCAを得る革新的な手法の開発に成功しています。

  1. Rapid and Mild Synthesis of Amino Acid N-Carboxy Anhydrides: Basic-to-Acidic Flash Switching in a Microflow Reactor
  2. Otake, Y. Nakamura, H. Fuse, S.
  3. Angew. Chem. Int. Ed., 57, 11389-11393 (2018). DOI: 10.1002/cmtd.201803549