本研究領域の目的

 活性化エネルギーを低下させ、省環境負荷、省物質消費を可能とする触媒は有機合成化学において中心的な役割を果たしてきた。一方、有機合成のための触媒反応は、反応中間体、触媒活性種等の化合物種が多く、より複雑化している。それゆえの副反応や触媒の失活、副生成物の抑制が高機能触媒開発の鍵となる。本研究領域では、反応空間のエントロピーに着目することで、あまねく有機合成触媒反応に対して、その分子レベルでのメカニズムに即した最適な反応空間を設計するための理論を構築する。これにより、反応経路の高秩序化を実現し、従前の方法では達成不可能な分子変換や、協調触媒、相乗触媒のような複雑触媒系を実現する。

 触媒反応系における反応経路の高秩序化を可能とする「反応に関与する化学種が高度に秩序だって存在する空間」「低エントロピー反応空間」と定義する。本反応空間はマイクロメートルからプロセス生産可能なサイズまで様々な連続反応系に創出できる。

①触媒や基質の分割隔離

②空間特異的な個別温度制御

③高速混合

によって、望ましい反応への障壁を低くすると同時に、望ましくない反応への障壁を高くし、分解や副反応を抑制すると同時に、原料→目的物の反応経路を秩序立てて進行させる。

③高速混合

④不均一系触媒

により、高収率、高選択的な分子変換を行い、生成物を再隔離することで高秩序状態を保つ。

⑤連続多段階反応

⑥異なる時間軸で機能する協調触媒

により、高難度分子変換や複雑触媒系を可能とする。

⑧フラッシュクエンチ法やインライン観測

は、不安定中間体の観測や高速反応の速度論解析を可能とする。

本研究領域の内容

 本領域研究では、低エントロピー反応空間の精密制御のための基礎理論構築から、その学理に基づいた実践的な触媒反応系構築による高難度触媒反応や、複雑系触媒反応の実現を目指す。そして、低エントロピー性を指向した反応空間の実現を可能とする、フロー反応系設計のための新理論構築を行い、有機合成触媒反応における反応経路の自在制御を目指す。以下の四段階の研究で全体の目標を達成する。

Step 1) 高速混合を鍵とするフロー系の速度論解析法と速度定数を決定する因子の解析法の確立

Step 2) フロー系における超高速触媒反応や触媒反応ステップごとの速度論解析法の確立

Step 3) 負エントロピー供与システムの構築法と、低エントロピー化触媒の開発

Step 4) 多相系触媒、協調触媒、連続多段階触媒反応等の複雑触媒系の最適反応空間構築

 A01永木の研究はStep 1, 3に、A02布施の研究はStep 1, 2に、A03宮村の研究はStep 3, 4に、A04浅野の研究はStep 1, 2, 4に該当する。

期待される成果と意義

 本研究を通して、新規の高難度の分子変換手法や、高活性、高選択的な触媒反応や、効率的なフロー合成法の開発が期待される。その結果は、医薬品原薬や有機材料等の工業的製造法の環境負荷の大幅低減化や、探索用の少量多品種合成におけるスループットと信頼性の飛躍的な向上が見込まれる。

キーワード

 低エントロピー:エントロピーはR. J. E. ClausiusによってdS=dQ/Tと熱力学的定義がされた。一方、L. BoltzmannによってS=klogWと巨視的(統計的)定義がされた。熱力学第二法則は、孤立系のエントロピーSは自発変化の間増大すると定式化した。エントロピーの増大は直感的に、無秩序化、膨張、情報欠損、内部分布の最大化、とも理解される。 E. Schrödingerは著書「生命とは何か」で「生物の生命現象の本質は、外界から負エントロピーの流れを吸収することで、自身の中で必然的に増加するエントロピーを相殺し、自身の身体を高い水準の低エントロピー状態に保つことができる」と述べている。