スペクトル化学研究センター
高エネルギー磁気・電子分光を主な手法として、これらを用いて初めて判る物性物理化学の研究を進めています。様々な種類の磁性体の創出と元素別内殻分光測定を駆使して、界面化学結合に基づいた「スピン・オービトロ二クス」の新しい学術分野の創出を目指します。

1. 元素別な軌道磁気モーメントの観測と物理化学への応用
磁性原子はスピン磁気モーメントとともに軌道磁気モーメントを有する。軌道成分はスピンに比べて約1桁小さい量であるが、スピン‐軌道相互作用を通して物性に影響を与える。特に、磁性体と絶縁体の界面においては、空間反転対称性が破れていることに起因して、軌道磁気モーメントが垂直磁気異方性を支配することを化学結合論に基づいて議論できる。その起源を調べるには、元素別な軌道磁気モーメントの計測が不可欠である。これを可能にするのは、放射光を用いたX線磁気円二色性である。我々は、この手法を駆使して、磁性界面の軌道磁気モーメントの計測とそれからわかる物理学、化学を追及している。近い将来には、スピントロ二クスから、「スピン・オービトロ二クス」に学術分野を進展させる。

2. 外場摂動を用いた新しい分光手法の開発
軌道磁気モーメントとスピン磁気モーメントの計測手法として、XMCDとメスバウアー分光を用いている。中でも、上記のスピン・オービトロ二クスの展開には、伝導現象と結合した非平衡状態の電子状態を観測することが不可欠である。そこで、電圧印加による外場摂動が界面での電子状態を変化させうる。これを観測するために、今までの分光測定に新しい物性パラメータを導入した装置の開発を進めている。

3. 分子磁性体、金属磁性体、磁性半導体における物理と化学
我々は、磁性体の中でも、磁性イオン間を仲介した新しい交換相互作用を創出する。媒介として、電子・正孔キャリア、分子ラジカルを用いて、非磁性原子の性質を元素別に調べることから物理を解明することを目指している。非磁性元素に誘起される磁性を元素別に調べることに着目している。また、そのような物質系を創出することが材料化学の醍醐味でもある。
分子磁性体は、分子骨格を外場により変形しやすいことから、多様な物性制御を可能にする。上記のオリジナルな測定手法を用いて、注目元素周囲の配位子依存性、外場摂動依存性を調べることができ、「分子磁性半導体」の新しい学術分野の創成に繋げられる。
また、金属磁性体では、積層構造における元素、膜厚、成長プロセスを変えることで多様な材料系を作製できる。空間反転対称性の破れた界面での軌道磁気モーメントの増大を実現させる構造を創出し、スピン・オービトロ二クスに資する材料開発を行っている。

4. 配位子場理論計算法の開発
化学結合論に基づいたスピン・オービトロ二クスを創出するには、内殻分光スペクトルの詳細な解析が必要となる。上記の外場摂動を印加した際のスペクトルの解釈には、格子歪による波動関数の重なりの変化を配位子場計算に導入する必要がある。我々は、外場印加によるスペクトルの変化を解釈するための理論計算を進めている。




超短パルスレーザーを用いた高速分光技術の開発と応用
我々は、超短パルスレーザーの特性を活かした高速分光技術の開発と、その物理学、化学、生物学、生命科学等への応用研究を行っている。特に、高い時間コヒーレンスを持つパルス光源である光周波数コムを自在に操ることにより、精密、広帯域、かつ高速な分光技術を開発している。先端光科学と他の分野を融合し、新しい科学領域の創出を目指して研究活動を行っている。 最近は、光周波数コムを2台用いて実現するデュアルコム分光の開発とその応用に注力している[1,2]。また、高速分光技術の土台となる超短パルス光源の開発も並行して進めている。

参考文献
[1] T. Ideguchi et al., Nature 502, 355-358 (2013).
[2] T. Ideguchi et al., Nat. Commun. 5, 3375 (2014).