研究概要

金属クラスターが拓く新しい触媒化学

金属の塊(バルク金属)を2 nm以下まで微細化して得られる金属クラスターは、離散的な電子構造をもち二十面体などの特殊な原子配列をとることか ら、バルク金属からの予想を超えた特異的な物性を示す。また、金属クラスターの安定性や物性は、構成原子数(「サイズ」とよぶ)が一つ増減するだけで劇的 に変化する。このような特質をもつ金属クラスターは、触媒をはじめとする機能性物質の機能中心として大きな潜在的な能力を秘めている。本研究室では、金属 クラスターのサイズ特異的な物性の発現機構を解明しつつ、それらを利用して触媒をはじめとする新しいナノ物質群の開発に取り組んでいる(図1)。

図1.金属クラスターを機能中心とする物質群の創出。金属クラスター同士の凝集を防ぐために目的に応じて様々な方法で安定化する。

配位子保護金クラスターの精密合成と構造・物性評価

金属クラスターは、有機配位子で表面を保護することで、通常の化合物と同様に取り扱うことが可能となる。我々は、高分解 能分離技術と質量分析法を駆使して、チオラート(RS)、ホスフィン(PR3)、アルキンなどの有機配位子で保護された金クラスターをサイズ選択的かつ系 統的に合成する手法を開発した。その結果、Au25(SR)18, Au38(SR)24, Au55(SR)31, Au144(SR)60, [Au25(SR)5(PR3)10Cl2]2+, Au54(C≡CPh)26など、 化学組成が原子・分子レベルで規定された安定 クラスターの単離にはじめて成功した。これらの一連の金クラスターの幾何構造・電子構造・光学特性などを各種の分光法を用いて評価し、二十面体を基本骨格 とするユニークな幾何構造や、電子構造の離散化に伴うフォトルミネッセンスなど新しい光物性が発現することを見いだした(図2)。

図2. チオラート保護金クラスターの安定組成と吸収スペクトル(左)。単結晶X線構造解析によって決定した [Au25(SR)5(PR3)10Cl2]2+の骨格構造(右)。二十面体構造のAu13が一原子 で連結したCluster-of-cluster構造をもつことがわかる。

金クラスター触媒の精密合成と構造・機能評価

バルクの状態では触媒活性を示さない金属でも、クラスターとすることで触媒機能を発現する可能性がある。水溶性高分子ポリビニルピロドン(PVP) で安定化された金クラスターの場合には、平均粒径3 nm以下になるとはじめてアルコール類の空気酸化の触媒として作用し、サイズの減少とともに活性が向上することを見いだした(図3)。

図3. PVP保護金クラスターによるp-ヒドロキシベンジルアルコールの酸化触媒活性


様々な分光法を利用して、金クラスターがPVPとの相互作用によって負に帯電していることを突き止め、電子移動による酸素分子の活性化に基づいた反 応機構を提案した。一方、固体に担持した金属クラスターではサイズの制御、特に原子精度で制御することは極めて困難である。我々は、配位子で保護された金 属クラスターを前駆体として利用することで、この課題に取り組んでいる。その結果、Au10, Au18, Au25, Au39などの一連の担持金クラスター触媒の合成に成功し、シクロヘキサンの空気酸化に対する 原子数が触媒作用に及ぼす効果をはじめて実証した(図4)。さらに、Au25とAu24Pd1の 作り分けにも成功し、パラジウムを一原子ドープすることによって金クラスターの酸化触媒活性が劇的に向上することを見いだした。

図4. ハイドロキシアパタイト(HAP)に担持した金クラスターによるシクロヘキサンの酸化触媒活性

気相金属クラスターの反応性・電子構造の解明

金属クラスターを活性点とする触媒の開発にあたっては、合理的な設計指針が必要である。すなわち、金属クラスターのサイズ・組成・電荷状態などの構 造因子がどのように基質分子の触媒的な活性化に寄与するか、を理解することが重要である。そこで、真空中に孤立した金属クラスターと小分子の反応過程を追 跡するための質量分析装置・光電子分光装置を作製し(図5)、理論計算も併用しながらこの課題に取り組んでいる。このような取り組みを通して、希少元素を 汎用元素で代替する技術の創出を目指している。

図5. 気相金属クラスターと小分子との反応追跡のための質量分析・光電子分光装置

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