English / 日本語

 

タンパク質分子ツールの創成と指向性進化

タンパク質は、地球上のすべての生命に必要な生物学的ナノマシンです。自然界に存在するタンパク質の機能は非常に幅広い一方、タンパク質は宿主である生物種の生存のために進化してきたため、自然界で観察される範囲には限りがあります。しかし、天然のタンパク質の中には、研究、医療、産業などの分野で非常に有用なものがあります。私たちの研究は、そのようなタンパク質をさらに優れたものにすることに重点を置いています。研究室で進化の過程を模倣することによって、天然のものよりも有用な道具となるタンパク質を開発することを目指します。

現在まで、キャンベル研究室では主に蛍光タンパク質の改変研究に取り組んできました。蛍光タンパク質は、クラゲやイソギンチャク、サンゴなどに含まれる多彩に「光る」タンパク質です。このタンパク質は、その構造内に目に見える蛍光を発する発色団を生成する独特の能力を持っています。蛍光タンパク質をコードするDNAはあらゆる生物に導入することができ、その生物自身の細胞により発現され、その組織を蛍光性にすることができます。遺伝子にコードされた蛍光は、生物学の多くの分野に革命をもたらしました。なぜなら、蛍光顕微鏡を使って、通常は見えないはずの構造や細胞プロセスを「見る」ことが可能になったからです。

キャンベル研究室の最先端研究では、蛍光タンパク質を、特定の生化学的変化に反応して蛍光強度や色が変化する動的な指示薬(バイオセンサー)へと変換しています。特に、利用可能な蛍光色の範囲を広げ、より赤に近い波長へと変化させることに重点を置いています。生体組織は近赤外波長域で最も透明度が高いため、赤色側の指示薬を使えば組織の奥深くまで可視化できるからです。

以下は、これまでの成果と現在進行中の方向性のハイライトです。

3D representations of GECO series with different colors

神経活動を可視化する可視光~近赤外蛍光指示薬の開発

モデル生物における神経活動の可視化は、人間の脳機能や神経変性疾患を理解するための強力な手法の一つです。神経活動を可視化するためには、イオン濃度、膜電圧、神経伝達物質の変化を検出する指示薬が必要です。キャンベル研究室は、GECOシリーズとして知られる複数の色のCa2+指示薬を開発し、多色神経活動イメージングの分野を立ち上げました。私たちはまず赤色蛍光を持つR-GECO1を報告し、これは世界中の研究室がこれまでに発表している他の多くの赤色蛍光指示薬の基礎となっています。GECO シリーズは、2光子およびレシオイメージングに最適なようにさらに拡張されました。R-GECO1およびその改良版は、世界中の数百の研究グループにおいて自由に使用されています。GECOシリーズに最近追加された指示薬として、近赤外(NIR)-GECO1および2があります。キャンベル研究室では、他にも膜電圧指示薬である近赤外蛍光QuasArシリーズ、赤色蛍光FlicR1電圧指示薬、赤色蛍光グルタミン酸指示薬など、赤色~近赤外領域の神経活動指示薬をいくつか開発しています。

 

代表的な論文

Schematic representation of A) ddFP and B) PhoCl

指向性進化による革新的蛍光タンパク質ツールの創成

キャンベル研究室は、サンゴ由来の蛍光タンパク質変異体の適用範囲を拡張し、様々な応用分野で利用できるようにしました。例えば、シアン、黄色、緑から赤色への光変換(=光照射によって発色団の色が変わること)可能な蛍光タンパク質を開発しました。これらの新しい蛍光タンパク質は、単一細胞における複数の生物学的プロセスの同時イメージングや、超解像イメージング技術の向上など、多くの新しい応用を可能にしました。その後、ヘテロ二量体複合体を形成することで輝度を増す二量体依存性蛍光タンパク質(ddFP)も開発しました。この革新的な技術は、生細胞でのタンパク質間相互作用を検出するための強力な新手段となっています。最近、キャンベル研究室は、光でタンパク質の機能を制御する根本的に新しい光遺伝学的ツールとして、光切断可能なタンパク質(PhoCl)を開発しました。第一世代と第二世代のPhoClは、光による転写活性化、遺伝子組み換え、タンパク質局在の操作、酵素活性の活性化などに使用することができます。

 

代表的な論文

Schematic and 3D structural representations of our lactate sensor (in collaboration with Dr. M. Joanne Lemieux and Dr. Yurong Wen, University of Alberta)

疾患における生物学的エネルギー消費の解明

多くの疾患は、細胞が生物学的エネルギー源にアクセスしたり、それを利用したりする方法の変化に関連した原因を持っています。重要な例として、脳のエネルギー代謝の変化、特に乳酸の利用可能性の変化が神経変性疾患と結びついている事などが挙げられます。残念ながら、現在、細胞の代謝全体を複数パラメーターで可視化するツールがないため、1つの細胞が生物学的エネルギー源に関する基本的な代謝経路のそれぞれをどの程度利用しているかを可視化することはできません。そこでキャンベル研究室では、細胞の代謝経路の各重要分子に対する高性能指示薬の開発を通じて、細胞内代謝の全体像を初めて可視化することを目指しています。

 

代表的な論文

Example of chemi-genetic fluorescent protein, where a synthetic dye (space-filling model) is attached to a tag protein (PDB: 6GA0)

合成分子とタンパク質の複合による化学遺伝学指示薬の開発

複数パラメーターイメージングの波長範囲、特に近赤外(NIR)領域を拡大するアプローチとして、化学遺伝学的蛍光タンパク質が非常に有望です。化学遺伝学的蛍光タンパク質とは、細胞や組織に遺伝子導入で発現させた特定のタンパク質に対して、外来の有機合成分子(主に蛍光小分子)が選択的に結合するように設計された複合型システムです。キャンベル研究室では最近、新規の化学遺伝学的蛍光タンパク質を開発し、新世代の高性能指示薬へと転換するための研究に取組んでいます。これは、世界中でほとんど誰も試したことがない、非常に挑戦的な研究のフロンティアです。