研究概要

画像を拡大

当研究室では、新規物性および新規機能性を備えた強磁性体の創製を通じて、新しい物性化学の学術的フィールドを開くことをめざし研究を行っています。以下に、これまでに見出してきた物性に関して、その概略を現象ごとに示します。

  1. 熱水排熱を蓄えられる長期蓄熱セラミックスの開発
  2. ミリ波・テラヘルツ波を用いた新しい磁気記録方式
  3. 光スイッチング効果を示す超イオン伝導性極性結晶
  4. 低圧で応答する蓄熱セラミックスの開発
  5. 磁気テープの光アシスト磁化反転およびテラヘルツ光による超高速磁化応答の観察
  6. 固体物質の相転移をコンピュータ計算で理論的に予測
  7. 永続的に熱エネルギーを保存でき、弱い圧力で放熱できる“蓄熱セラミックス”を発見
  8. テラヘルツ光を用いた遠距離セシウム検出法の開発
  9. フェライト史上、最高の保磁力を実現
  10. 強力な磁石を観察できる顕微鏡プローブの開発-磁場に強く、電流も流れない、錆びないフェライト棒磁石が鍵-
  11. イプシロン型-酸化鉄を磁性層とした磁気テープの開発
  12. 世界最小ハードフェライト磁石の開発
  13. キラル光磁石の初合成と光の波面を90度スイッチングする新しい光磁気効果の発見
  14. 巨大な保磁力と超高周波電磁波吸収を示すハードフェライト磁石
  15. 光によって可逆的に金属-半導体転移を示す材料に関する研究
  16. スピンクロスオーバー光磁性体の開発
  17. 金属錯体を用いた新規な磁気物性に関する研究
  18. 光と磁気の相関による新規現象に関する研究
  19. 金属酸化物を用いた磁気物性の研究

1. 熱水排熱を蓄えられる長期蓄熱セラミックスの開発

本研究では、ラムダ五酸化三チタン(λ-Ti3O5)のチタンの一部をスカンジウム(Sc)に置換したスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタン(λ-Ti3O5、λ相)という新物質を合成しました。この物質はアーク溶解法により合成し、λ-ScxTi3-xO5x=0.09, 0.105, 0.108)という組成でした。Spring-8の放射光X線回折測定により、無置換のλ-Ti3O5と同じ単斜晶系(空間群C2/m)であることがわかりました。また、透過型電子顕微鏡像からは、約100 nm × 200 nmのストライプ状ドメインが凝集した物質であることがわかりました。このスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンは極めて高い安定性をもっており、367日(1年)後も変化しないことを確認しています。一方、このスカンジウム置換型ラムダ五酸化三チタンに圧力をかけると、瞬時にスカンジウム置換型ベータ五酸化三チタン(β-ScxTi3-xO5,β相)への圧力誘起相転移が観測されました。圧力をかけることによりβ相へと転移した試料の吸熱特性を調べたところ、x = 0.09の組成の試料では67 ℃に吸熱ピークが観測され、100 ℃以下の熱を吸収する固体-固体相転移型の蓄熱物質であることが明らかとなりました。また、λ相とβ相の間の相転移は、加圧と加熱により繰り返し起こることも確認されています。また、Sc含有量を変えることで吸熱温度を制御することができ、λ-Sc0.105Ti2.895O5の場合は45°C、λ-Sc0.108Ti2.892O5の場合は38°Cで吸熱することがわかりました。このように、本研究では低温排熱用の長期蓄熱セラミックスを見出すことに成功しました。このような低温排熱対応の長期蓄熱セラミックスは、火力発電所や原子力発電所などで排出される熱水の熱エネルギーを蓄えるのに有効です。また、工場や自動車からの廃熱を再利用するための素材としても期待されます。
(Y. Nakamura, S. Ohkoshi, et al., Science Advances, (2020).)
*この成果は、テレビ朝日で放送され、日本経済新聞、東京新聞、中日新聞、日刊工業新聞、化学工業日報、科学新聞、電気新聞、財経新聞に掲載されました。

2. ミリ波・テラヘルツ波を用いた新しい磁気記録方式

本研究では、ミリ波磁気記録の確立を目指し「集光型ミリ波アシスト磁気記録(Focused Millimeter wave-assisted Magnetic Recording, F-MIMR)」という新手法を提案しました。F-MIMRのデモンストレーションのために、将来的な磁気テープ用磁性粉かつBeyond 5G用ミリ波吸収材として注目されているイプシロン酸化鉄の磁性フィルムを作製すると共に、テラヘルツ(THz)光源を利用した集光型ミリ波発生装置を開発しました。集光型ミリ波をイプシロン酸化鉄磁性フィルムに照射し、照射後の試料を原子間力顕微鏡(AFM)で測定したところ、金属リングの高さ形状が観測されるとともに、磁気力顕微鏡(MFM)では、集光リングの周辺に暗いコントラスト部分が観察されました。MFM画像の色コントラストと電磁界シミュレーションの磁場分布マップを比較すると、この観測されたMFM画像と磁場分布は良く一致しており、高強度ミリ波磁場により磁化反転が生じたことが明らかとなりました。このようなミリ波照射による恒久的な磁極反転は世界で初めての観測です。また、ナノ粒子内の全てのスピンの動きを考慮した確率的ランダウ・リフシッツ・ギルバート理論モデルを用いて計算機シミュレーションを行った結果、共鳴周波数のミリ波が照射されると、瞬時に磁化が反転することが示唆されました。磁気テープは、長期記録保存の信頼性を有し、省電力・低コストであるため、クラウドや業務用データアーカイブとして活発に利用されており、その需要が伸びています。増大を続ける膨大な量のデータを保存するためには、更なる記録密度の向上が必須ですが、今回のミリ波磁気記録技術により、磁性粒子のサイズを小さくして、記録容量を増加させることが可能となります。更に、ミリ波の遷移エネルギーは可視光の遷移エネルギーの約1/5000であるため光加熱効果の影響を避けることができるため、有機樹脂をベースフィルムとする磁気テープにとって、ミリ波磁気記録は極めて有効な記録方式です。
(S. Ohkoshi, et al., Adv. Mater., (2020).)
*この成果は、日経産業新聞、化学工業日報、科学新聞に掲載されました。

3. 光スイッチング効果を示す超イオン伝導性極性結晶

本研究では、光スイッチング効果を示す超イオン伝導性極性結晶を開発しました。この結晶は、鉄-モリブデンシアノ骨格錯体にセシウムイオンを含んだ3次元ネットワークで構成されるセシウム-鉄-モリブデンシアノ錯体(Cs1.1Fe0.95[Mo(CN)5(NO)]·4H2O)という青色の物質です。結晶構造解析の結果、正の電荷をもつセシウムイオンと負の電荷をもつ鉄-モリブデンシアノ骨格の重心のずれにより自発分極を有する極性結晶であることがわかりました。また、ネットワークを構築するニトロシル(NO)基の酸素原子と水分子からなる1次元の水素結合ネットワークが存在していることも明らかとなりました。
イオン伝導性測定の結果、45 ℃で相対湿度100%におけるイオン伝導度は4.4×10-3 S cm-1と非常に高く、超イオン伝導体に分類されることがわかりました。この超イオン伝導は、ニトロシル基と水分子が形成した水素結合ネットワークを介してバケツリレーのようにプロトン(H+)が運ばれるメカニズムで生じていることが示唆されました。
本物質のセシウム-鉄-モリブデンシアノ錯体は、光応答性が期待されるニトロシル基を含んでいるため光照射実験を行いました。湿度が制御された容器内で錯体に532 nm光を照射したところ、イオン伝導度は1.3×10-3 S cm-1から6.3×10-5 S cm-1へと二桁も低下しました。一方、光照射後、時間経過にともない超イオン伝導は回復しました。このような超イオン伝導体の光スイッチング現象の観測は、本研究が世界で初めてです。この光スイッチング現象は、モリブデンイオンとニトロシル基の結合角度が光照射で可逆的に変化する光異性化現象に起因しており、結合角度の変化により水素結合ネットワークが一部切断されることで、超イオン伝導を担っているプロトン伝導度が低下したものと考えられます。
また、本物質は通常は共存しない超イオン伝導性と極性結晶構造が共存する材料であることが分かりました。強誘電体や焦電体などの極性結晶は、電気分極を有する誘電体(伝導率が10-8 S cm-1以下)に分類され、電気抵抗の観点から超イオン伝導性と極性結晶構造は単一の材料には現れないため、その機能性に興味が持たれます。そこで、二次の非線形光学効果の一つである第二高調波発生(SHG)の検討を行いました。1040 nmのレーザーを試料に照射したところ、波長が半分の520 nmの光の出射が観測され、SHG出射が確認されました。SHG顕微鏡によっても個々の粒子からSHGが観測されています。
本研究は、全固体電池の固体電解質としての機能提案を念頭に行われました。光でイオン伝導度がスイッチングできる本物質の性質を使えば、将来、電池のON/OFFを光で行うこともできるようになると期待されます。
(S. Ohkoshi, et al., Nature Chem., (2020).)
*この成果は、日本経済新聞、化学工業日報、科学新聞、EE Times Japanなどに掲載されました。

4. 低圧で応答する蓄熱セラミックスの開発

本研究では、長期間熱エネルギーを蓄えることができ、弱い低い圧力を印加することにより蓄熱エネルギーを取り出すことのできる高性能な蓄熱セラミックスを見出しました。開発された蓄熱セラミックスは、ラムダ型五酸化三チタンと呼ばれる結晶構造で、粒子がブロック型形状を取ることから、ブロック型ラムダ五酸化三チタン(Block-type λ-Ti3O5)と名付けられました。このブロック型ラムダ五酸化三チタンの蓄熱量は、固体-液体相転移物質に匹敵する237 kJ L-1という大きな値です(水の融解熱の約70%、エチレングリコールの融解熱の約140%)。開発した蓄熱セラミックスの最大の特徴は、弱い圧力を加えることでベータ五酸化三チタンへの相転移を誘起することにより、蓄えた熱エネルギーを放出することができることです。圧力誘起相転移は数MPaからはじまり、7 MPa (70気圧)でラムダ構造の割合が半分まで減ります。70気圧という圧力は、固体における圧力誘起相転移においては最も弱い圧力です。このような長期エネルギー保存と、低圧力印加による熱放出が一つの材料で実現できた理由は、二つの安定相(ラムダ型構造とベータ型構造)を持つことと、その二つの相の間に適切な低いエネルギー障壁が存在することに由来しています。
長期的なエネルギー保存が可能な蓄熱材料は、不要な排熱を吸収して熱エネルギーとして再利用する部材としての活用が期待されています。特に自動車においては、運転中に放出されてしまう熱エネルギーを有効に活かして燃費を上げるため、エンジンやマフラーなどの部品周りへ装着が期待されていますが、実装可能な圧力機構という観点から、10 MPa以下の圧力で放熱できることが望ましいとされています。本研究で開発した蓄熱セラミックスは、自動車用の蓄熱材料として有効であると期待されます。また、本材料は、長期潜熱蓄熱と顕熱蓄熱の両方の特性を備えているため、太陽光発電所の蓄熱システムに有用であることが期待されます。(S. Ohkoshi, et al., Sci. Rep., (2019).)
*この成果は、日経産業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報、科学新聞、MRS Bulletin Newsに掲載されました。

5. 磁気テープの光アシスト磁化反転およびテラヘルツ光による超高速磁化応答の観察

本研究では、磁気テープに用いられる樹脂を用いて作製したイプシロン酸化鉄および金属置換型イプシロン酸化鉄からなる磁性フィルムにおいて、ナノ秒可視光レーザー誘起の磁化反転および、テラヘルツ(THz)パルスレーザー照射による超高速磁気光学効果の観測に成功しました。ε-Ga0.27Ti0.05Co0.07Fe1.61O3を用いて作製したフィルムに磁化が反転しない程度の外部磁場を印加した状態で、ナノ秒可視光レーザーを磁性フィルムに照射するとファラデー効果の符号がスイッチングし、光アシスト磁化反転が起こることが観測されました。また、ε-Fe2O3からなる磁性フィルムにパルスTHz光を照射すると、ファラデー回転が400 fsという極めて短い時間で起こることが分かりました。これらの超高速磁気光学効果の時間ダイナミクスは、理論的にもデモンストレーションされています。これらのイプシロン酸化鉄磁性ナノ材料は、高密度磁気記憶媒体または高速動作回路磁気デバイスに貢献することが期待されます。
(S. Ohkoshi, et al., J. Am. Chem. Soc., (2019).)
*この成果は、日経産業新聞、科学新聞に掲載されました。

6. 固体物質の相転移をコンピュータ計算で理論的に予測

本研究では、固体物質において相転移現象が発現するか否かを、コンピュータ計算により予測可能であることを明らかにしました。相転移とは、例えば氷-水のような固体-液体相転移現象、水-水蒸気のような液体-気体相転移現象などの現象として馴染みがあります。一方、固体における相転移として、また、金属-絶縁体相転移、スピンクロスオーバー相転移、電荷移動相転移、および結晶-アモルファス相転移などの相転移現象が物質科学において広く研究されています。相転移物質は、光記録材料などのスイッチング素子として産業界において重要な役割を担っています。今回提案する手法は、対象とする物質の電子状態および格子振動(フォノン)の第一原理計算により、熱力学的エネルギーなどを計算し、その結果を基に相転移が起こるか否かを判別します。また、この手法により、相転移温度(Tp)も予測が可能であることを発見しました。さらに、統計熱力学計算を組み合わせることにより、相転移に伴う温度ヒステリシス(ΔT)の発現も予測可能であることも解明しました。開発した相転移の理論予測のアプローチをAIに適用することにより、未だ発見されていない新しい相転移材料を発掘できることが示唆され、相転移材料の開発研究に大きく貢献することが期待されます。
(H. Tokoro, S. Ohkoshi, et al., Sci. Rep., (2018).)
*この成果は、日経産業新聞、化学工業日報、科学新聞、日本経済新聞電子版に掲載されました。

7. 永続的に熱エネルギーを保存でき、弱い圧力で放熱できる“蓄熱セラミックス”を発見

永続的に熱エネルギーを保存できるセラミックス“蓄熱セラミックス(heat storage ceramics)”という新概念の物質を発見しました。この物質は、チタン原子と酸素原子のみからできた、ストライプ型-ラムダ-五酸化三チタンという物質で、230 kJ L-1の熱エネルギーを吸収・放出することができます。これは水の融解熱の約70%に相当する大きな熱量です。また、ストライプ型-ラムダ-五酸化三チタンは、保存した熱エネルギーを、60 MPaという弱い圧力を加えることで取り出すことができます。熱を加えるという方法に加えて、電流を流したり、光を照射したりという方法でもエネルギーを蓄熱することができ、多彩な方法で熱エネルギーの保存・放出を繰り返しできる物質です。ストライプ型-ラムダ-五酸化三チタンは単なる酸化チタンであり、環境にやさしく、埋蔵量も豊富で資源的にも恵まれた材料です。本蓄熱セラミックスは、欧州などで進められている太陽熱発電システムや、工場での廃熱エネルギーを有効に再生利用できる新素材として期待されるほか、感圧シート、繰り返し使用可能なポケットカイロ、感圧伝導度センサー、電流駆動型の抵抗変化型メモリー(ReRAM)、光記録メモリーなどの先端電子デバイスとしての新部材としての可能性も秘めています。
(H. Tokoro, S. Ohkoshi, et al., Nature Communications, (2015).)
*この成果は、Nature日本版 "注目の論文"、読売新聞、日刊工業新聞、日経産業新聞、化学工業日報、建設工業新聞、電気新聞、環境新聞、時事通信、科学新聞、日経エレクトロニクス、新エネルギー新聞、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版などに掲載されました。

8. テラヘルツ光を用いた遠距離セシウム検出法の開発

重い質量の原子を箱の中に閉じ込めると、ゆっくりと振動し、極めて低い周波数の電磁波と共鳴するのではないかという着想に基づき、テラヘルツ技術に注目し研究を行いました。このアイディアを実現するため、ナノサイズの空間を持つ"マンガン-鉄シアノ骨格錯体"を合成しました。シアノ架橋型金属錯体は、3次元ネットワーク中に立方体の空隙を多数有しており、その大きさはセシウムイオンのイオン半径と同程度となっています。実際にセシウムイオンを含んだマンガン-鉄シアノ骨格錯体について格子振動(フォノンモード)計算を行ったところ、箱中のセシウムイオンの単振動に帰属される振動モードが非常に低い周波数に現れることが予測されました。骨格に関係する他の振動モードは、より高い周波数に存在し、セシウムイオンの振動モードが、低い周波数で孤立していることが示されました。この計算結果に基づき、合成した物質のテラヘルツ分光測定を行ったところ、1.4 THzという低い周波数に吸収が観測されました。また、セシウムイオンを含まないマンガン-鉄シアノ骨格錯体を様々な濃度の塩化セシウム水溶液に浸した後にテラヘルツスペクトルを測定すると、セシウムの振動モードに由来する吸収ピークが濃度に応じて変化し、吸着量がテラヘルツ測定により求められることが示唆されました。また、飽和吸着量は511±55 mg/gであることがわかり、プルシアンブルーよりも高い吸着性能を示しました。原子力発電所事故における放射性セシウムの環境中への拡散は深刻な問題であり、その汚染除去は重要な課題です。本研究のマンガン-鉄シアノ骨格錯体とテラヘルツ分光法を組み合わせた手法は、セシウムイオンの遠距離からの検出方法として有益であると期待されます。
(S. Ohkoshi, et al., Scientific Reports, (2017).)
*この成果は、日本経済新聞電子版、日経産業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報、科学新聞に掲載されました。

9. フェライト史上、最高の保磁力を実現

本研究では、ロジウム置換型イプシロン酸化鉄(R型イプシロン酸化鉄)を結晶学的に高度に配向することによって、室温(27度)で35 kOeという世界最高の保磁力を実現しました。また、従来のハードフェライト磁石(バリウムフェライトなど)は、-40度以下で保磁力が低下する低温減磁という課題がありますが、本研究のフェライト磁性体は、-73度の低温でも更に大きな45 kOeという保磁力を示すことが分かりました。今回の結晶配向した磁性体の作製に際しては、磁気テープで用いられている樹脂に磁性ナノ粒子を分散しているため、磁気記録用フィルムとしての応用も期待されます。
(S. Ohkoshi, et al., J. Am. Chem. Soc., (2017).)
*この成果は、日本経済新聞電子版、日経産業新聞、化学工業日報、科学新聞に掲載されました。

10. 強力な磁石を観察できる顕微鏡プローブの開発-磁場に強く、電流も流れない、錆びないフェライト棒磁石が鍵-

サブミクロンサイズの巨大な保磁力を有するフェライト棒磁石を開発し、磁石の微小領域の形状を測定する磁気力顕微鏡用の探針(プローブ)に使用できることを見出しました。これにより、従来困難であった強力な磁石の表面観察や、強い磁場の下での磁気力顕微鏡観察が可能になると期待されます。フェライト磁石は、ありふれた安価な物質からできており、玩具、固定用具、工芸品などに使われています。通常、棒状のフェライト磁石(フェライト棒磁石)は、磁性粉に熱を加えて成型することによって製造されるため、単磁区の磁石(一対のN極とS極からなる磁性材料)を作れないという課題がありました。本研究では、磁性粉を圧縮する従来の方法ではなく、逆ミセルゾルゲル法という特殊な化学的合成法を用いることにより、単磁区構造をもつ単結晶のフェライト棒磁石の開発に成功しました。この棒磁石は、ε-Fe2O3と呼ばれる物質からなり、外側から強い磁力をかけてもN極とS極が反転しにくく、サブミクロンサイズの大きさでした。加えて、磁場の強い環境に置かれた場合でも、電流を加えた場合でも性質が変化することなく、錆びませんでした。そこで、これらの性質を利用した、磁気力顕微鏡プローブや、ミリ波吸収用途の塗布液とフィルムを開発しました。なお、ε-Fe2O3フェライト磁石は、高周波ミリ波吸収材として安全運転支援システムなどのモノのインターネット(Internet of Things: IoT)に貢献する新素材としても注目されており、2016年7月15日より英国立ロンドン科学博物館にて、フェライト磁石が特別展示される予定です。
(S. Ohkoshi, et al., Scientific Reports, (2016).)
*この成果は、日経産業新聞、科学新聞、Yahoo!ニュース、EETimesに掲載されました。

11. イプシロン型-酸化鉄を磁性層とした磁気テープの開発

イプシロン型-酸化鉄(ε-Fe2O3)の鉄イオンを複数の金属イオンで置換することで磁気テープに求められる磁気特性に調整した新型ナノ磁性粉を開発し、生産用実機を用いて塗布型磁気記録媒体(磁気テープ)の開発品を作製しました。今回開発したナノ磁性粉は、ε-Fe2O3の鉄イオンを三種類の金属イオン(ガリウムイオン、チタンイオン、コバルトイオン)で置換したε-Ga0.31Ti0.05Co0.05Fe1.59O3です。この金属置換型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子は、金属置換量の調整により磁気記録に適した3 kOeの保磁力を示し、磁化はε-Fe2O3と比較して44%向上しています。開発した金属置換型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子の中規模生産(5 kg)を行い、磁気テープの試作を行いました。製作した磁気テープの磁気記録再生信号は非常にシャープで、かつ媒体のノイズが極めて低いことが確認されました。このような金属置換型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子は大容量データのアーカイブ用磁気テープの次世代磁性材料として期待されます。
(S. Ohkoshi, et al., Angew. Chem. Int. Ed., (2016). (Hot Paper))
*この成果は、化学工業日報、日刊工業新聞、科学新聞に掲載されました。

12. 世界最小ハードフェライト磁石の発見

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授らの研究グループは、ナノサイズの世界最小ハードフェライト磁石、“イプシロン型-酸化鉄(ε-Fe2O3)ナノ磁性粒子”の開発に成功しました。このハードフェライトは、鉄と酸素からできた単なる酸化鉄です。今回、イプシロン型-酸化鉄を5~40ナノメートル(nm)の間の粒子サイズで系統的に合成する新技術を開発し、ε-Fe2O3が7.5 nm以上で磁石の性質(強磁性相転移)を示すことを明らかにしました。磁気テープやハードディスクなどの磁気記録メディアでは、3キロエルステッド(kOe)以上の保磁力が必要ですが、今回の材料は、8 nmで5 kOeの保磁力を示しており、超高密度磁気記録用の素材としての可能性を有しています。特に、ビッグデータのアーカイブ用大容量記録メディアとしてグーグルなどでも使用され、昨今、産業界でその復活がたいへん注目を浴びている磁気テープストレージの未来材料として期待されます。また、ε-Fe2O3はフェライト磁石の中で最も色が薄く、透明カラー磁性塗料やプリンター用のカラー磁性トナーなどの新しい用途への可能性も期待されます。ε-Fe2O3は、強磁性だけでなく、自発電気分極も持っていることが理論的にも実験的にも明らかになり、最小のマルチフェロイックフェライト粒子ということになります。鉄と酸素だけからなる酸化鉄は、環境にやさしく低価格であるため大量生産に適した材料であり、今回のナノサイズで強磁性を示すフェライト磁石は、次世代のアーカイブ用大容量磁気テープなどの高密度磁気記録技術などへの利用が期待できます。
(S. Ohkoshi et al., Scientific Reports, (2015).)
*この成果は、日刊工業新聞、化学工業日報、金属時評、科学新聞に掲載されました。

13. キラル光磁石の初合成と光の波面を90度スイッチングする新しい光磁気効果の発見

大越慎一教授(東京大学大学院理学系研究科化学専攻)の研究グループは、キラルな構造を有し、青色光(波長473 nm)と赤色光(波長785 nm)を交互に照射することで可逆的に磁石の強さを変えることができるキラル光磁石を世界で初めて開発し、物質から出る光の波面を水平と垂直の間で可逆的に光スイッチングするという新現象を発見しました。合成した物質は鉄(Fe)イオンとニオブ(Nb)イオンをシアノ基(CN)で3次元的に架橋したキラル構造体であり、青色光と赤色光の交互照射により可逆的に磁石の性質を変えることができる新しいタイプの磁石です。このキラル光磁石を用い、非線形光学効果の一つである第2高調波発生(SHG)の研究を行った結果、光照射前の非磁石状態では、入射面に対して水平な波面の光入射に対して、垂直な波面の光の出射が観測されましたが、その状態に青色光を照射して磁石状態(光磁石状態I)にすると、水平な波面の光の出射が観測されました。また、引き続き赤色光を照射して磁力が弱い磁石状態(光磁石状態II)にすると、垂直な波面の第2高調波に戻りました。このように、青色と赤色の光で磁石の状態を変えることで、第2高調波として出射される光の波面を可逆的に90度スイッチングすることに成功しました。これまでにキラル光磁石は報告がなく、本物質が世界で初めての開発例となります。また、このような新しい物質を作り出したことで、キラリティと磁気的性質とが相関し、物質から出てくる光の波面が90度光スイッチングする現象の創出に成功しました。このスイッチング現象は、最先端の光科学と物質科学を融合させて初めて達成できた、従来のファラデー効果とは全く異なった現象です。本キラル光磁石では、90度光スイッチングのみならず、光誘起磁化の値に依存してSH出射光の偏光面を0度から90度まで自由に変えることが可能であり、その間の角度を使えば、現在の0と1を用いた2 進法による記録ではなく、"多進法方式の光磁気記録メモリー媒体"、光コンピューター素子や光センサー、光通信技術などへの応用が考えられます。
(S. Ohkoshi et al., Nature Photonics, (2014).)
*この成果は、Nature Photonics の表紙にハイライトされるとともに、大越教授のインタビュー記事が掲載されました。また 、TBSテレビ、日本経済新聞、日経産業新聞、化学工業日報、科学新聞、Yahoo!ニュースなどに掲載されました。

14. 巨大な保磁力と超高周波電磁波吸収を示すハードフェライト磁石

大越慎一教授(東京大学大学院理学系研究科化学専攻)の研究グループは、極めて大きな保磁力を有する高性能フェライト磁石の開発に成功しました。今回開発したのは、化学的なナノ粒子合成法により得られた新規なフェライト磁石で、イプシロン酸化鉄(ε-Fe2O3)という磁石の鉄イオン(Fe3+)の一部をロジウムイオン(Rh3+)で置換した、ロジウム置換型イプシロン酸化鉄(ε-RhxFe2-xO3)ナノ粒子です。この物質は、室温で31 kOeという保磁力を記録しました。この保磁力の大きさはフェライト磁石の中で最も大きく、希土類磁石の保磁力に匹敵するものです。また、この磁石に電磁波の一種であるミリ波を照射したところ、220 ギガヘルツ(109ヘルツ)という高い周波数においてミリ波の偏光面の回転を示したことから、高周波ミリ波の磁気回転素子としての性能をもつことが分かりました。この周波数帯は、"大気の窓"と呼ばれ、大気による吸収が少なく無線通信に適した周波数帯とされていますが、これまでにこのような高い周波数の電磁波を吸収する磁性材料は知られていませんでした。本材料は、高画質テレビ通話や基板内無線通信などで将来有望視されているミリ波通信において、電磁波干渉問題を抑制するミリ波吸収体や磁気回転素子であるアイソレーターやサーキュレーターなどとしての役割が期待されます。
(A. Namai, S. Ohkoshi et al., Nature Communications, (2012).)
*この成果は、Nature Materials " Research Highlight ", Nature Japan "Focused Articles"、日経産業新聞、日刊工業新聞、科学新聞、Yahoo! ニュースなどに掲載されました。

15. 光によって可逆的に金属-半導体転移を示す材料に関する研究

大越慎一教授(東京大学大学院理学系研究科化学専攻)の研究グループは、光照射により金属状態と半導体状態の間を室温で行ったり来たりできる新種の金属酸化物を発見しました。この新種の金属酸化物(ラムダ型五酸化三チタン:λ-Ti3O5)(以下、ラムダ型酸化チタンと呼ぶ)は、界面活性剤を用いた化学的手法により作製できます。この物質は、光を当てると、金属的な性質をもつ黒色のラムダ型から半導体的な性質をもつ茶色のベータ型(β-Ti3O5)への光相転移(光誘起金属-半導体転移)を示します。また、その逆の相転移も光照射により可能であることが分かりました。室温で光可逆的に相転移を示す金属酸化物は、この物質が世界で初めてです。ラムダ型酸化チタンは、チタン原子と酸素原子のみからなる単純な物質で、レアメタルなどを含まないため、非常に安価で環境に優しい物質です。また、粒径が10~20ナノメートル程度の微粒子で得られるため、次世代の超高密度光記録材料としても有望です。なお、このラムダ型酸化チタンは市販されている光触媒用の酸化チタンを水素気流下で焼成するだけでも得られることがわかり、経済的コストおよび量産の両面から工業的にも有望です。
(S. Ohkoshi et al., Nature Chemistry, (2010).)
* この成果はNature Chemistry "News & Views", Nature Japan、ニュートン、日経サイエンス、Chemistry World、現代化学などに掲載されたほか、NHKニュース、TBSテレビ、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、日刊工業新聞、化学工業日報、産経新聞、科学新聞、The Japan Times、AFP通信などを通じて世界100ヶ国以上に配信されました。

16. スピンクロスオーバー光磁性体の開発

光を当てると非磁石の状態(常磁性状態)から磁石の状態(強磁性状態)へと変化する新種の光スイッチング磁石の開発に成功しました。この物質は、鉄(Fe)イオンと有機分子(4-ピリジンアルドキシム)、オクタシアノニオブを組み合わせた固体物質で、光照射により、鉄イオンのスピン状態が低スピン状態と高スピン状態の間で変化するスピンクロスオーバー現象を起こすことにより、非磁石の状態から磁石の状態に変換する新しいメカニズムの光磁石です。光磁石の磁気相転移温度は、20 Kであり、加熱処理により元の非磁石の状態に戻ります。スピンクロスオーバー分子が三次元的に連結した物質では、光によって磁石の状態に変換できるであろうという予想に基づき、今回、大越教授らは、スピンクロスオーバーを示す鉄イオンを、スピンを持つオクタシアノニオブ酸イオンを介して三次元的に架橋することにより達成しました。スピンクロスオーバー光磁性体は有機分子を多量に含むことが可能であり、将来、構造的に柔軟性があるフレキシブル光磁性材料への第一歩であると考えています。
(S. Ohkoshi et al., Nature Chemistry, (2011).)
*この成果は、日本経済新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報、Yahoo! Newsなどに掲載されました。また固体物理の表紙に掲載されました。

17. 金属錯体を用いた新規な磁気物性に関する研究

(1) 湿度に応答する磁性体(モイスチャーセンシティブ磁石)

(CoxMn1-x)[Cr(CN)6]2/3・5H2Oを合成し、湿度により磁気相転移温度、磁化、磁極が変化する磁性体の作製に成功しました。これは6-配位のCoIIが4-配位のCoIIに変換することにより、強磁性的な相互作用を示す6-CoII-Crが反強磁性的な4-CoII-Crにスイッチングしたことに起因します。このような湿度応答型磁性体は初めてです。
(S. Ohkoshi et al., Nature Materials, 3, 857 (2004).)
*この成果は日本経済新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報、科学新聞および雑誌などに掲載されました。

(2) スピンイオニクス

シアノ架橋型金属錯体であるCo[Cr(CN)6]2/3・zH2Oおよび V[Cr(CN)6]2/3・zH2Oにおいて、室温で高いプロトン伝導性を見出しました。また、キュリー温度以下において、プロトン伝導と強磁性の相関現象の観測に初めて成功しました。この観測によって、"スピンイオニクス"という新しい学術分野が開けると考えています。
(S. Ohkoshi et al., J. Am. Chem. Soc., (2010).)
* この成果はNature Asia MaterialsにResearch Highlightsとして掲載されました。

(3) 強誘電‐強磁性金属錯体

シアノ架橋型金属錯体Rb0.82Mn[Fe(CN)6]0.94・H2Oにおいて強誘電性と強磁性が共存することを見出しました。強誘電性の起源は、鉄欠陥およびFeII, FeIII, MnII, ヤーンテラーひずみを有するMnIIIが混在することであり、また強磁性の起源はMnIIIのスピンが強磁性的相互作用により平行に整列していることで説明されます。
(S. Ohkoshi et al., Angew. Chem. Int. Ed., (2007).)
*highlighted in the frontispiece

(4) 熱により磁極が二回反転する磁性体(二重補償点磁性)

(NiaMnbFec)1.5[Cr(CN)6]磁性体を作製することで、二つの補償点(磁化がゼロとなる点)をもつ強磁性体の設計および合成に成功しました。この現象は、Ni、Mn、Fe、Crの副格子磁化の温度依存性が異なることに起因します。このような温度により磁極が二回反転する磁性体は初めてです。
(S. Ohkoshi et al., Phys. Rev. Lett., 82, 1285 (1999).)
*この研究は、NatureNews&Views, Physical Review Focusのほか、新潟日報、高知新聞、大分合同新聞、愛媛新聞、東奥日報、秋田魁新報、南日本新聞に掲載されました。

(5) 化学的刺激(アルコール蒸気)に応答する磁性体

化学的刺激に応答する磁性体の合成の一環として、1-プロパノール蒸気に可逆に応答する CuII3[WV(CN)8]2(pyrimidine)2・8H2O強磁性体の合成に成功しました。可逆な磁気特性変化は、 1-プロパノール分子の吸着・脱離によりCuIIの配位構造が6配位八面体構造と5配位四角錐構造の間でスイッチングすることに起因していることを単結晶構造解析から明らかにしました。
(S. Ohkoshi et al., J. Am. Chem. Soc., 129, 3084 (2007).)
*この研究は、現代化学2008年2月号の表紙に掲載されました。

(6) 強誘電性を示す金属錯体磁性体

Cu2[Mo(CN)8]・8H2Oにおいて強誘電性を見出しました。この物質は150 K付近で水素結合の凍結が見られ、強誘電性が増加しました。この物質では、ポーリング現象によって生じた電気分極が、水素結合やシアノ基の3次元ネットワーク構造によって保持され、強誘電性が発現したと考えられます。
(K. Nakagawa et al., Inorg. Chem., 47, 10910 (2008).)

(7) 磁場に対して異常な応答性を示す磁性体(逆保磁力を示す磁性体)

SmIIIxGdIII1-x[Cr(CN)6]4H2O では、従来の磁気ヒステリシスループとは異なり、逆保磁力を示すことを見出し、熱統計力学的計算により裏付けました。このような逆保磁力を示すバルク磁性材料は初めてです。
(S. Ohkoshi et al., Phys. Rev. B, 64, 132404 (2001).)

(8) 高い磁気相転移温度を示す金属錯体磁性体 (TC= 210 K)

シアノ架橋型金属錯体のK0.59VII1.59VIII0.41[NbIV(CN)8]・(SO4)0.50・6.9H2Oにおいて、210 Kという高い磁気相転移温度を観測しました。この磁気相転移温度は、オクタシアノ金属錯体を構築素子とした分子磁性体の中で最高の値です。本錯体においてこのような高い磁気相転移温度が観測されたのは、オクタシアノニオブが高い配位数を有していること、そして広がった4d軌道を持つNbIVを用いたためにシアノ基を介したVII(S = 3/2)とNbIV(S = 1/2)の間の超交換相互作用が増大したことによると考えられます。
(K. Imoto, S. Ohkoshi et al., Eur. J. Inorg. Chem., 2649-2652 (2012).)
*この成果は、Highlight press release articleに選ばれ、Eur. J. Inorg. Chem.からプレスリリースされました。"Chemistry Views"などに掲載されました。

(9) 高スピンクラスター、メタ磁性体、ナノポーラス磁性体の構築

八配位型シアノ金属錯体 ([M(CN)8]n-; M = Mo, W)を構造素子として、ゼロ次元から三次元構造までの磁性錯体の合成を行いました。ゼロ次元の{Mn9[W(CN)8]6・24C2H5OH}は、スピン数S=39/2をもつ高スピンクラスターです。また、2次元メタ磁性体やホスト-ゲスト化学が期待される有機分子包摂型3次元磁性体、ナノポーラス磁性体などの合成を行っており、現在、これらの磁性体の化学的刺激に対する応答性を検討しています。
(S. Ohkoshi et al., Chem.Commun.2003をはじめJACS 2000, JACS 2003, JACS 2004)

(10) スピンクロスオーバー現象を示す強磁性体

CsFe[Cr(CN)6]・1.3H2O強磁性体で、熱的相転移現象が観測されました。この相転移は、Fe(II)が温度によってハイスピン状態からロースピン状態に変化するスピンクロスオーバー現象によるものです。スピンクロスオーバー現象を示す強磁性体は、これが初めての例です。
(W. Kosaka et al., J. Am. Chem. Soc., 127, 8590 (2005); D. Papanikolaou et al., J. Am. Chem. Soc., 128, 8358 (2006); J. Phys. Chem. C, 111, 8086 (2007).)

(11) 緩やかなスピンクロスオーバー現象を示すフェリ磁性体

冷却に伴って、FeII(S=2)-NbIV(S=1/2)-FeII(S=2)から、FeII(S=0)-NbIV(S=1/2)-FeII(S=2)への、緩やかなスピンクロスオーバー現象を示す磁性体Fe2[Nb(CN)8]・(3-pyCH2OH)8・4.6 H2O (3-py=3-pyridyl)を合成しました。またこの磁性体は、12 Kで強磁性転移するフェリ磁性体でありました。
(M. Arai et al., Angew. Chem. Int. Ed., 47, 6885 (2008).)

18. 光と磁気の相関による新規現象に関する研究

(1) 光磁性

光化学的アプローチによりこれまでに7種類の光磁性錯体を見出しています。(Fe0.40Mn0.60)1.5[Cr(CN)6]の光誘起磁極反転、RbMn[Fe(CN)6]の時間発展型光磁性、Cu2[Mo(CN)8]の可視光可逆な光誘起磁化、[{Co(3-CNpy)2}{W(CN)8}]、Co3[W(CN)8]2(pyrimidine)4・6H2O、Co3[W(CN)8]2(4-methylpyridine)2(pyrimidine)2・6H2OおよびFe[Cr(CN)6]の光誘起磁化です。次に四つの例を示します。

(A) 光誘起磁極反転

フェロ磁性とフェリ磁性が理想的に共存した強磁性体 (Fe0.40Mn0.60)1.5[Cr(CN)6]・7.5H2O(Fe-Cr:フェロ磁性、Mn-Cr:フェリ磁性)を合成し、光照射を行った結果、磁化の符合が反転することを確認しました。この反転はフェロ磁性部分(Fe-Cr)の磁化が光により減少したため、フェリ磁性部分との磁化のバランスが変化したことに起因します。光により磁極が反転したのは、これが初めての例です。
(S. Ohkoshi et al., Appl. Phys. Lett., 70, 1040 (1997); J. Am. Chem. Soc., 121, 10591 (1999).)
*この成果は日本工業新聞および雑誌などに掲載されました。

(B) 時間発展する光誘起磁性相

RbMn[Fe(CN)6]の低温相にナノ秒パルスレーザー光を照射したところ、1ショットで磁化が消滅しました。一方、微弱なCWレーザー光を照射した場合には、消失した磁化が一定時間(数分~数十分)経過した後、急激に回復するという時間発展的な挙動を示すことがわかりました。その消失時間は照射時間に依存していました。
(S. Ohkoshi et al., J. Phys. Chem B, 106, 2423 (2002); H. Tokoro et al., Appl. Phys. Lett., 82, 1245 (2003).)
*この成果は、化学工業日報、化学と工業に掲載されました。

(C) 可視光可逆な光誘起磁化

混合原子価錯体CuII2[MoIV(CN)8]・8H2O錯体に、473 nm光を照射したところ磁化が誘起されました。これは、MoIV→CuIIへの光誘起電荷移動が起こることに起因します。一方、658 nm光を照射したところ磁化は減少し、この錯体が可視光で可逆な光磁性を示すことがわかりました。また、この錯体の単結晶化および薄膜化も可能です。
(S. Ohkoshi et al., Chem. Lett., 4, 312 (2001); J. Am. Chem. Soc., 128, 270 (2006); T. Hozumi et al., J. Am. Chem. Soc., 127, 3864 (2005).)

(D) 光でON-OFFする磁石の開発

コバルト (Co) イオンとタングステン(W) イオンがシアノ基 (CN) で架橋した3次元構造体Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oにおいて、2種類の波長の光により磁石と非磁石の状態間を可逆的にスイッチングする光磁性現象を見出しました 。この物質は、840 nmの光を照射すると、色相が青色から赤色へと変化すると共に、磁石としての性質を示すようになります。一方、この光誘起磁石に532 nmの光を照射すると磁化が消失し、元の状態に戻ります。この現象は、光を照射することにより、コバルトとタングステンの間で、可逆的に電子移動が起こり、磁石状態と非磁石状態間を行き来する点にあります。誘起された光強磁性相の磁気相転移温度(40 K)および保磁力(12 kOe)は、これまでに報告されている光磁石の中で最も優れた値であり、特に、保磁力は極めて高い値でした。
(S. Ohkoshi et al., Chem. Mater., 20, 3048 (2008))
*この成果は、2008年5月13日号のChem. Mater.の表紙に採用された他、朝日新聞、東京新聞、中日新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報および雑誌などに掲載されました。

(E) 高性能な光磁性体

コバルト (Co) イオンとタングステン(W) イオンがシアノ基 (CN) で架橋された3次元構造体Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)2(4-メチルピリジン)2・6H2Oが、光磁性としては最高の磁気性能を有することを見出しました。この物質の低温相に785 nmの光を照射すると、磁石としての性質を示すようになり、この光磁性相は、磁気相転移温度48 K、保磁力27000 Oeを示しました。これらの値は、光磁性体としては最高の値です。また、この光誘起磁石は170 Kの熱処理を行うことにより、磁化が消失し、元の状態に戻ります。この現象は、タングステンとコバルトの間の光誘起電子移動に起因しています。
(N. Ozaki et al., Adv. Funct. Mater., 22, 2089 (2012).)
*この成果は、2012年5月23日号のAdv. Funct. Mater.の裏表紙に採用された他、日経産業新聞に掲載されました。

(2) 透明カラー磁性薄膜と磁気光学効果

金属錯体は、様々な鮮やかな色を呈します。この特徴を活かし、透明カラー磁性薄膜(FexCr1-x)1.5[Cr(CN)6]・7.5H2Oの作製を行いました。この薄膜は、成膜条件を変えることで、磁気特性を自由に制御できるとともに、膜の色も混合比に応じて黄色、赤、紫、無色透明と制御できることを見出しました。また、VCr[Cr(CN)6]系で Tc = 345 Kの青色ならびに緑色磁性薄膜を合成することに成功しています。加えて、これらの磁性膜で分子磁性体としては初めてのファラデー効果の観測に成功しました。
(S. Ohkoshi et al., J. Am. Chem. Soc., 120, 5349 (1998); J. Phys. Chem. B, 104, 9365 (2000).)
*これらの研究に関しては、C&EN誌、JACS誌(Hot Article)およびドイツ化学会のTechnical Insight誌などにトピックス記事として掲載されました。

(3) 磁化誘起第2高調波発生(MSHG)

(FexCr1-x)1.5[Cr(CN)6]・7.5H2O磁性薄膜において、第2高調波発生(SHG)ならびに磁化誘起第2高調波発生(MSHG)を観測しました。この磁性薄膜は膜厚方向に電気分極が存在する焦電性-強磁性体でした。また、AIBII[CIII(CN)6]型プルシアンブルー類似体が、圧電性-強磁性体であり、SHGおよび強磁性状態でMSHGを発現することを、CsICoII[CrIII(CN)6]およびRbMn[Fe(CN)6]で確認しました。
(S. Ohkoshi et al., Electrochem. Soc. Interface, 34 (2002); K. Ikeda et al, Chem. Phys. Lett., 349, 371 (2001); T. Nuida et al, J. Am. Chem. Soc., 127, 11604 (2005).)

(4) 光誘起相崩壊

シアノ架橋型金属錯体Rb0.43Mn[Fe(CN)6]0.81・3H2Oにおいて、準安定相から隠れた安定相への光誘起相転移、すなわち、光誘起相崩壊現象を見い出しました。当研究室では、RbMnFeシアノ金属錯体(RbxMn[Fe(CN)6](x+2)/3・zH2O)において、x > 0.64 の領域で高温相(MnII- FeIII)⇔ 低温相(MnIII-FeII)の温度誘起電荷移動型相転移を見出し、報告してきました。 本研究では、x= 0.43においては、室温から3 Kの範囲で電荷移動型の相転移が発現せず、高温相(MnII- FeIII)が保たれることを示しました。さらに、140 Kで410nm光を照射すると、電荷移動を伴った相転移が起こり、光誘起相が発現することを見出しました。この光誘起相の電子状態は、低温相(MnIII-FeII)と一致していました。この現象に熱力学的な解析を行なうと、光照射前に観測されていたMnII- FeIII相は準安定相であり、光照射により発現したMnIII-FeII相は安定相であることが示唆されました。すなわち、熱力学的に準安定相な相が光照射により崩壊し、隠れていた安定相が発現する、という、光誘起相崩壊現象を観測したと考えられます。
(H. Tokoro et al., Appl. Phys. Lett., 93, 021906/1-3,(2008).)

19. 金属酸化物を用いた磁気物性の研究

(1) 巨大な保磁力を示す酸化鉄ナノ磁性体の化学的合成

金属酸化物磁性体は、その化学的安定性・絶縁性などの観点から実用材料として普及しています。本研究では、逆ミセル法とゾル-ゲル法との組み合わせにより、室温で20 kOeという、金属酸化物で最大の保磁力を示す酸化鉄ナノ微粒子の合成に成功しました。因みに、それまでの最高値は6 kOeでした。この微粒子は、酸化鉄の多形の中でも極めて稀なε- Fe2O3相のナノ微粒子であり、単相が得られたのはこれが初めてです。この材料に関しては、各国で研究が始まっています。
(S. Ohkoshi et al., J. Appl. Phys., 97, 10K312 (2005); J. Jin et al., Adv. Mater., 16, 48 (2004)など)

(2) 高性能ミリ波吸収磁性材料

画像情報をはじめとする大容量データ情報を伝送するための次世代方式として、現在、ミリ波(30~300 GHz)を用いた高速無線通信法が大変注目を集めています。特に、室内LANなどのローカルエリアネットワークなどにはミリ波による無線高速通信が期待されています。ここ数年、米国大手電機メーカーなどによりミリ波発生用の安価な相補型金属酸化膜半導体(CMOS)の開発も発表されており、100 GHz領域のミリ波の使用が本格化してきています。また、76 GHzのミリ波は車間レーダー用途として大手自動車メーカーにより現在研究が行われています。一方、現在、80 GHz以上のミリ波を周波数選択的に吸収する材料はほとんどなく、この帯域での電磁波干渉の危険性が危惧されています。また、電磁波を長時間浴びることによる健康被害から、人体、特に妊婦や子供を保護するためには不要な電磁波はなるべく除去されることが望ましいと言われています。 当研究室ではDOWAエレクトロニクスと共同して、金属置換型ε-Fe2O3のミリ波吸収に関する研究を進めています。

(2-1) イプシロン型‐ガリウム酸化鉄のミリ波吸収

イプシロン型‐酸化鉄という特殊なナノ磁性体の鉄イオンの一部をガリウムイオンで置換した、イプシロン型‐ガリウム酸化鉄(ε-GaxFe2-x O3; 0.10 ≦ x ≦ 0.67)ナノ微粒子(粒径が30ナノメートル程度)を化学的に合成し、ガリウム置換量に応じて30 GHzから150 GHzまでの高い周波数領域でミリ波を有効かつ周波数選択的に吸収することを見出しました。これまでの磁性体では80 GHz程度が限界であったため、電磁波吸収材料として画期的な性能です。このミリ波吸収は、イプシロン型‐ガリウム酸化鉄磁性体がもつ高い保磁力により高い周波数に自然共鳴が現れたことに起因します。イプシロン型‐ガリウム酸化鉄は、金属酸化物であるため長期間に渡って安定します。電磁波干渉抑制材料として、オフィスや医療室の壁への塗布のほか、車、電車、飛行機の胴体への塗布、また、その選択的な共鳴周波数を用いてミリ波発信機を安定化させるサーキュレーターやアイソレターなどの新規ミリ波用電子デバイスへの応用も期待されます。
( S. Ohkoshi et al., Angew. Chem. Int. Ed., 46, 8392 (2007).(highlighted at the Inside Cover))
*この成果は朝日新聞、毎日新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞および雑誌などに掲載されました。

(2-2) イプシロン型‐アルミニウム酸化鉄のミリ波吸収

イプシロン型‐アルミニウム酸化鉄ナノ磁性体という物質を化学的に合成し、この物質が180 GHz(ギガヘルツ)を超えるこれまでで最も高い周波数のミリ波を吸収できることを見出しました。イプシロン型‐アルミニウム酸化鉄は94 GHzから182 GHzの間でアルミニウム置換量により周波数選択的な電磁波の吸収を示します。イプシロン型‐アルミニウム酸化鉄は、金属酸化物であるため長期間に渡って安定です。また、アルミニウムは地球上で3番目に埋蔵量が多い元素であるため、イプシロン型‐アルミニウム酸化鉄は材料コストが非常に経済的であり工業的応用に適しています。期待される産業的用途としては、EMI抑制材料として、医療室やオフィスの壁などの建材、車、電車、飛行機などの胴体への塗布、また、ミリ波発信機を安定化させるミリ波アイソレーターやサーキュレーターなどの高周波ミリ波用エレクトロニクス部品が挙げられます。
(A. Namai, et al., J. Am. Chem. Soc., 131, 1170 (2009).)
*この成果は英国BBC放送に取り上げられ、BBC World News、BBCラジオで放送されました。また、New Scientist(英国一般向け科学雑誌)、日経産業新聞、日刊工業新聞、化学工業日報などに掲載されました。

(3) フェリ磁性-反強磁性転移を示す酸化鉄磁性体

インジウムにより置換されたε酸化鉄ナノロッドε-InxFe2-xO3 (x=0.12, 0.24)の合成に成功しました。これらの試料は室温ではフェリ磁性体ですが、149 K (x=0.12)あるいは180 K (x=0.24)以下では反強磁性的に振舞います。この材料はフェリ磁性から反強磁性へと転移する最初の焦電性強磁性体です。
(S. Sakurai et al., Adv. Funct. Mater., 17, 2278 (2007).)

(4) 強誘電-強磁性体

固相法により室温で強誘電と強磁性体が共存する(PLZT)x(BiFeO3)1-xの合成に成功しました。また、ゾル-ゲル法を用いることで薄膜を作製し、磁化誘起第2高調波発生の観測に成功しています。
(T. Kanai, S. Ohkoshi et al., Adv. Mater., 13, 487 (2001); J. Phys. Chem. Solid, 64, 391 (2003).)

(5) 磁化誘起第3高調波発生(MTHG)

ゾル-ゲル法により作製したビスマス-イットリウム鉄ガーネット(Bi-YIG)膜を用いて、磁化誘起第3高調発生(MTHG)の初観測に成功しました。この現象では、THGの偏光面が、外部磁場に依存して回転します。また、非線形感受率は、スピンによる時間反転性の破れを考慮した磁気点群のテンソル解析で理解できます。
(S. Ohkoshi et al., J. Opt. Soc. Am. B, 22, 196 (2005); J. Shimura et al., Appl. Phys. Lett., 82, 3290 (2003).)

HOME | English