研究テーマ
多重機能性金属錯体
(1)ジチオレン金属錯体の複合機能化と特異な電子状態
ジチオレン金属錯体は、○多段階の酸化還元特性を示す、○π共役配位子に広くdelocalizeしたπラジカルを生成する、という興味深い特長を有している。我々は、ジチオレン錯体に対し新たな機能部位を導入することで、新奇な機能および電子状態の創成を目指している。
機能部位として安定有機ラジカルであるTEMPOを導入したジチオレン錯体(tempodt)Ptでは、TEMPO由来の不対電子が存在する軌道(SOMO)が、ジチオレンπ共役系由来の軌道(HOMO)よりも低エネルギー側に位置し(SOMO-HOMO level conversion)、一見フント則に反するような興味深い電子状態を形成する。フェロセンを導入したジチオレン錯体では、フェロセンとπ共役ジチオレン部位に電子相互作用があること、また置換基Rによってスピンの位置を制御できることを明らかにした。
このように、分子を舞台にした新たな電子状態および物性の開拓は、将来の分子スケールデバイスの高次機能化に対し重要な役割を担う。
- T. Kusamoto, K. Takada, R. Sakamoto, S. Kume, and H. Nishihara, Inorg. Chem. 2012, 51, 12102-12113. selected as a cover art. →link
- T. Kusamoto, S. Kume, H. Nishihara, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 529-531. →link
- T. Kusamoto, S. Kume, H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 13844-13845. →link
(2)銅錯体における分子内環反転ー電子移動連動系の構築
我々は外部刺激に応答する分子の構造変化を、電気信号などの人工的に使いやすいシグナルへと変換できる分子系の構築に成功した。
非対称に置換したピリジルピリミジンを配位子とする銅1価錯体には、ピリミジン環の反転によって置換基の配向の異なる2つの異性体が存在する。これらの異性体は酸化還元電位や電子移動速度などの性質が異なることから、反転を制御することで電子移動を制御することが可能である。
これまでに環反転を引き金とした分子内電子移動、電極の自然電位や光学特性の変化といった反転由来の特異な現象を観測し、最近の研究では環反転を光照射によって駆動させることに成功している。
この銅錯体による分子内環反転ー電子移動連動系は、その変換速度を回転子の立体的なかさ高さでチューニングできること、そのアウトプットを電気的、磁気的、光学的な応答へと結びつけうることを実証した。この銅錯体系には分子レベルで外部刺激を電気信号へと変換する素子への展開が期待できる。
- M. Nishikawa, K. Nomoto, S. Kume, H. Nishihara, Inorg. Chem. 2013, 52, 369–380. →link
- M. Nishikawa, K. Nomoto, S. Kume, H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc 2012, 134, 10543–10553. →link
- S. Kume, H. Nishihara, Dalton Trans 2011, 40, 2299–2305. →link
- M. Nishikawa, K. Nomoto, S. Kume, K. Inoue, M. Sakai, M. Fujii, H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc 2010, 132, 9579–9581.→link
- S. Kume, H. Nishihara, Chem. Commun. 2010, 47, 415. →link
- S. Kume, K. Nomoto, T. Kusamoto, H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc 2009, 131, 14198–14199. →link
- K. Nomoto, S. Kume, H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc 2009, 131, 3830–3831.→link
- M. Nishikawa, S. Kume, H. Nishihara, Phys. Chem. Chem. Phys. accepted, DOI:10.1039/C3CP44710C. (perspective) →link
(3)三核メタラジチオレン錯体を基盤としたクラスター化合物の創成
多核金属錯体はナノ粒子と単分子との中間に位置づけられた新しい物質相として注目されている。中でも、金属間を共役系で連結した系は金属間相互作用を長距離に及ぼすことが可能であることから、酵素中の電子移動や量子セルオートマトンへの展開等、盛んに研究が行われている。
メタラジチオレンはこうした多核金属錯体の構築に最適な物質であり、酸化還元特性、高導電性、特異な磁気特性を有する。我々はこのメタラジチオレンに着目し、金属間をベンゼンヘキサチオールで同一平面上に架橋することにより、「三角形三核メタラジチオレン錯体」の構築に成功している。金属としてCo(III),Rh(III),Ir(III)およびRu(II)を用いた系において、金属部位での三段階の一電子還元特性を観測した。1-3これは三つの金属間が電子的に相互作用していることによる二種類の混合原子価状態によるものである。一方で、金属部位にRu(II)および Ni(II)を導入した系においてジチオレン環上での酸化特性、Pt(II)を導入した系において光学特性をそれぞれ見出した。3また、Co(III), Rh(III), Ir(III)の系においては、トリフェニレンヘキサチオールを用いた三核錯体の合成にも成功しており、ベンゼンヘキサチオールの系よりも弱いものの、金属間の相互作用が確認されている。4
三角形三核錯体だけでなく、我々は金属-金属結合を有する異核金属錯体の構築にも成功し、これらが示す特異なレドックス特性、磁気特性についても解明している。5-11この金属-金属結合を三角形三核錯体に導入することにより、強い核間相互作用を有する高次元巨大クラスラスター錯体の構築を達成した。12-14
- H. Nishihara, M. Okuno, N. Akimoto, N. Kogawa, K. Aramaki, J. Chem. Soc., Dalton Trans., 1998, 16, 2651-2656.→link
- Y. Shibata, B.-H. Zhu, S. Kume, H. Nishihara, Dalton Trans. 2009, 1939-1943. →link
- T. Kambe, S. Tsukada, R. Sakamoto, H. Nishihara, Inorg. Chem. 2011, 50, 6856-6858. →link
- R. Sakamoto, T. Kambe, S. Tsukada, K. Takada, K. Hoshiko, Y. Kitagawa, M. Okumura, H. Nishihara, Inorg. Chem. In press.
- S. Muratsugu, K. Sodeyama, F. Kitamura, M. Sugimoto, S. Tsuneyuki, S. Miyashita, T. Kato, H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1388-1389. →link
- S. Tsukada, R. Sakamoto, H. Nishihara, Chem. Lett. 2012, 41, 357-359. →link
- S. Muratsugu, K. Sodeyama, F. Kitamura, S. Tsukada, M. Tada, S. Tsuneyuki, H. Nishihara, Chem. Sci. 2011, 2, 1960-1968. →link
- N. Nakagawa, M. Murata, M. Sugimoto, H. Nishihara,Eur. J. Inorg. Chem. 2006, 2129-2131. →link
- M. Murata, S. Habe, S. Araki, K. Namiki, T. Yamada, N. Nakagawa, T. Nankawa, M. Nihei , J. Mizutani, M. Kurihara, H. Nishihara, Inorg. Chem. 2006, 45, 1108-1116. →link
- N. Nakagawa, T. Yamada, M. Murata, M. Sugimoto, H. Nishihara, Inorg. Chem., 2006, 45, 14-16. →link
- M. Nihei, T. Nankawa, M. Kurihara, and H. Nishihara, Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 1999, 38, 1098-1100. →link
- S. Tsukada, Y. Shibata, R. Sakamoto, T. Kambe, T. Ozeki, H. Nishihara, Inorg. Chem. 2012, 51, 1228-1230. →link
- B.-H. Zhu, Y. Shibata, S. Muratsugu, Y. Yamanoi, H. Nishihara, Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 3858-3861. →link
- R. Sakamoto, S. Tsukada, H. Nishihara, Dalton Trans. 2012, 41, 10123-10135. →link